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株式会社 森川建設産業
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 会社概要

称号

 株式会社 森川建設産業

設立

 平成元年11月

本社所在地

 〒811-1314 福岡市南区的場2丁目5-18

電話

 092-581-9439

FAX

 092-581-9416

資本金

 2,500万円

営業種目

 特定建設業 福岡県知事(特・18)035717

 (土木・とび・土工・しゅんせつ・舗装・水道施設)

 臨海工事事務所

所在地

 〒812-0051 福岡市東区箱崎ふ頭4丁目2番19号

電話

 092-3621-5356

FAX

 092-631-5357

 

 沿革

昭和18年

久留米米市合川町に水水呑百姓の家の5人姉妹の6番目として生まれる

昭和20年

父:キヨシ 戦死

昭和28年

北部九州を襲った大水害にて筑後川が決壊、長屋ごと流され自衛隊に救助される。「川を見に行く」と母親と濁流を見に行き、後ろから川に落とされそうになる。 俗にいう「まびき」に会いそうになったと後世ずっと言っていた。 家が無くなったので、一番上の姉を頼りに福岡に移住。

昭和29年

映画「ゴジラ」が見に行きたかったが、お金が無く行けなかったので行った友達から内容を聞きまわり、創造力を膨らませる。

昭和33年

福岡市立三築中学校卒業

昭和34年

当時 進駐軍のキャンプ(現在の春日公園)にてアメリカ人相手にアルバイトをする。

(外国人にひるまずに日本語で話していたらしい。)

昭和35年

福岡県立 筑紫中央高校 卒業

高校3年間は 柔道部でありバイト先でアメリカナイズされた栄養豊富な食べ物 が頂けたので当時としては175cmと大きな身体をつくれました。

(同部活の6つ下に武田鉄矢さんがいらっしゃいます。)

昭和36年

3番目の姉夫婦を頼りに東京へ上京。トラックの運転を学ぶ

昭和40年

身体が丈夫で大柄だったので「土木せんね?」とさそわれ土木の道へ!

昭和43年

長距離トラックの運転、福岡市内のタクシー運転、土木作業員・・・と

昼夜を問わず働く。

昭和44年

クレーンの運転を教わる

昭和48年

博多駅から天神までの区間にクレーンメーカー加藤製作所の重役を乗せた際「運転手さんお金持っとるなら 国産のクレーンが出るけん買わんね?」 と言われ、翌年16tクレーンを購入。

昭和58年10月26日

人脈、資金、何も持たなかった 田舎の6男坊が丈夫な身体、類稀なる強運、何より 前向きな明るい性格を武器に(有)森川建設を興す。

自宅事務所 台所(3坪)

昭和59年7月

(故)森 茂樹が酔って「事務所を広くする!」と

チエーンソーで自分の寝室と台所の壁を

ジェイソンのようにぶち抜く(倍の6坪に)

昭和60年4月

自宅近くのパン屋さんの後のテナントに入る(ここも6坪)

コピー機械とファックシミリを購入

昭和61年5月

自宅近くに120坪の土地を購入

現場でもらって来たプレハブの鉄骨を

自分達で組み立てて新事務所に(18坪)

昭和62年12月

現場での機械災害が頻発、厄払いの為、餅つきを開催(現在も継続中!)

昭和62年2月

福岡市港湾建設協会 発足

平成元年11月

株式会社 森川建設産業 に組織変更

平成2年12月

特定建設業 免許取得

平成3年5月

福岡県 漁場開発協会(現:福岡県海洋開発協会)入会

平成4年

110t、170t吊りの大型クレーン導入

平成4年7月

博多漁港岸壁補修工事にて福岡市より

工事成績優良業者の表彰

平成9年7月

居酒屋で飲みながら、地主のおじさんが「あんた!土地買わんね?」

といわれ(330坪)故会長が衝動的に買ってしまい現住所へ

本社移転、自社施工で埋立、造成しました。(事務所75坪)

平成17年5月

福岡西方沖地震発生!業界あげて港の復旧に尽力

平成17年12月

二男坊 森 秀己が代表取締役に就任

森 茂樹は会長職に

平成20年2月4日

会長 森 茂樹 永眠

平成24年5月

一階の工事部と隣の倉庫をつなぎ、工事部広々(100坪に!)

平成25年6月

品質管理 ISO9001 認証取得

平成26年7月

「下関管内事務所内料金所地下道路設置工事」

無災害記録賞を西日本高速道路様より頂く。

平成27年10月

ホームページを10年振りにリニューアル 作成業者(TMdo)

 


株式会社 森川建設産業(代表)

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